【感想と雑記】ニーアレプリカント ver.1.22474487139...
「懐かしい」
このゲームをプレイした人は、まずこの感想を抱くのではないでしょうか。
それは、かつてオリジナルをプレイした人はもちろんのこと、このバージョンアップ版で初めてニーアに触れた人も同様です。
かつてプレイした人は、あの時感じた世界と感動に再会できたから。
初めてプレイした人は、今のゲームにしてはどこか古臭く感じる雰囲気から。
しかし、プレイを続けることで味わう衝撃は、きっと既プレイ勢も未プレイ勢もまたあったと思います。
オリジナルには無かったグラフィック、シナリオ、アクション、終わり。
通常のアクションRPGでは実装されていないであろう横スクロール、見下ろし視点、エンディングの仕掛け、読み物。
既プレイも未プレイも、どちらにも懐かしさと衝撃を与えるこのver.1.224...は、正にバージョンアップ版です。
全てのエンディングを見るまでプレイしましたが、設定資料集にのみ存在したシナリオやエンディングを追加したり、音声を新しく撮り直したり、アクションを追加したり、音楽がアレンジされていたりと飽きること無く楽しめました。
そして、より一層ニーアの、いえヨコオタロウの世界を考えさせる終わり方。
ニーアの世界をもう一度広げてくれて、そして終わらせてくれました。
この素晴らしい作品をまた世に出してくださり、そして終わらせてくださり感謝します。
ここから雑記
僕はオリジナルをPS3でプレイ、トロフィーコンプリートまでやり込んだ人だったので「ニーア」タイトルにかける思いは大きいですし、今までこのタイトルを追いかけてきました。
続編の「オートマタ」のプレイはもちろんのこと、コンサート、イベント等にも顔を出してきました。
しかし、ニーアが広がっていくたびに少しの不安もまた広がっていきました。
それはニーアが一つのブランドになり、終わらなくなってしまうのではないかという事。
ブランドというより、偶像みたいなものでしょうか。
奇しくも同じアクションRPGタイトルで「キングダムハーツ」があります。
僕はこのタイトルもかつて大好きで、全タイトルのプレイやグッズ購入等もしていました。
しかし、キングダムハーツは偶像になってしまい、終わらなくなってしまいました。
それが分かった時、僕は一気にこのタイトルへの興味が失せてしまいました。
終わらないものに、偶像にいつまでも崇拝できるような人間では僕はなかったのです。
そうやってズルズルと同じタイトルで同じことを繰り返すのは、僕は好きではないのです。
ニーアシリーズの生みの親であるヨコオタロウ氏は、「ニーアは呪いです」とかつておっしゃっていましたが、正にそれは僕の考える偶像そのものでした。
しかし呪いだとしても、僕たちユーザはその呪いに囚われてしまうと、それを求めてしまうのです。
その時覚えた感動を、また味わいたいと思ってしまうのです。
今、有名なシリーズというのは数多くありますが、それらも呪いを抱えていると思います。
「ファイナルファンタジー」「ドラゴンクエスト」「メタルギア」「軌跡」「エルダースクロール」「ソウル」「女神転生」等々。
このタイトルはこうあるべき、こうあってほしいというユーザの欲がこれらには纏わりついています。
しかしクリエイターにも、その呪いから逃れるべきだと考えている人は多くいます。
「ファイナルファンタジー15」発売の際は、「FF病」なる言葉も出てきました。
僕たちは、「FF病」から脱するべきだと。
(「FF15」は「FF病」から逃れようとして、逆に絡めとられた作品でしたが...)
確かに、呪いに囚われることで覚える感動はあります。
しかし、いつまでもそこに居てはダメだと思います、もったいないと思います。
呪いはしっかりと解き、終わらせるべきなのです。
ニーアver.1.224...はそれを正しくやってのけました。
少なくとも、ニーアレプリカント/ゲシュタルトは終わったのです。
ニーア「これで本当に終わりだから」
ヨコオ氏も、新しくニーアと関係ないインディーズなタイトルを開発したいと漏らしていました。
僕たちは、自分の欲望を満たす呪いをクリエイターに求めるのではなく、クリエイターが提供するモノに色眼鏡を通さず触れて、楽しむべきなのです。
僕は、そうありたいと思っています。
雑記が長くなってしまいました。
それでは、今回はここまで。