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色んなモノの感想を書く。

【感想】虎よ、虎よ!

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ハードSF小説の名作と言ったら...

 

人に聞いたり、調べてみると出てくる名作たち。
「地球の長い午後」「夏への扉」「星を継ぐもの」等...。
珠玉の作品たちに必ずと言ってもいいほど名前の挙がる作品。
それが「虎よ、虎よ!」でした。

 

ハードSFは科学的な見地から説得力を持たせたアイデアを用いた小説形態を指します。
本作ではテレポーテーションと同じ現象を表す「ジョウント」を始めとした数々のアイデアが登場します。

 

作品の中でジョウントの解説もされるのですが、科学の知識が0の等しい僕は、難しい言葉が並んでいるだけでそれらしく見えてしまい、正直説得力があるかは分かりませんでした。
しかも未来の世界のため、ジョウントのみならず多くの超能力や技術が登場し、それぞれのアイデアの解説を理解しながら読むというのは無理でした。

 

それでも僕は今作を楽しく読むことができました。
それは今作の主人公が「復讐」を掲げて様々な活躍をするためでした。
今回の感想でただ一つ語りたいのはこの点です。

 

漂流していた自分を見捨てた「宇宙船」に復讐をするために生きる。
冒頭で主人公の目的が判明したとき、これは可笑しな主人公もいたものだと思いました。
見捨てた宇宙船に乗っていた「乗組員」ではなく「宇宙船」に復讐しようというのですから。

 

可笑しな、と書きましたが主人公のフォイルは可笑しくはなく教養が無い主人公です。
満足な教育も受けずに、特筆すべきことはないと会社から評価されながらこき使われる謂わば底辺の庶民です。

 

しかしそのパワーは底知れずで、漂流状態を脱出した後、件の宇宙船を見つけ出し爆撃することさえやり切ってしまいます。

 

ここまで疾走感のある展開でドンドン読み進めてしまったのですが、ハタと気が付きます。
あれ、宇宙船に復讐をしたけどページがあと2/3以上残っている...。
ここからがこの本の面白いところでした。

 

ここからフォイルは様々な人と関わり、その中で学び、宇宙船ではなく自分を見捨てるように指示をした乗組員を探すことにします。
そのためにフォイルは教養、財産、感情のコントロール、と多くのことを学び手に入れ身に着けます。
人間である以上、持っているべきモノを持っていなかった底辺の男は、人間らしい感情「復讐」から多くのモノを得るのです。

 

同時進行で読み進めているアドベンチャーゲームでも感じたのですが、人間を強く突き動かすのは人間らしい感情だなと。
それは「復讐」だったり「嫉妬」だったり、はたまた「愛」だったり。

 

ゲームの方ではいくら聡明な人間も、そういった感情に簡単に振り回される様子を克明に描写していました。
しかし、本作は逆ですよね。
聡明さからかけ離れていた人間が、感情によって動き、聡明さを獲得するのです。

 

復讐物語は、最後に主人公が報われるような終わり方をなかなかしないので今作もそうかなと思っていましたが
遥か斜め上を行った終わり方をしましたね...。
ラストシーンの描写は完全に理解することはできませんでしたが、その場面の前にフォイルが地球に住む人々に語り掛けた内容は印象深いです。

 

諸君は自分のなかに貴重なものを持っている。
それなのにほんのわずかしか使わないのだ。
諸君、聞いているか?
諸君は天才を持っているのに阿呆なことしか考えない。
精神を持ちながら空虚を感じている。
諸君の全部がだ。
諸君のことごとくがだ...

 

「復讐」を機に、自分が持っていなかったと思っていた沢山のモノを手に入れたフォイルだからこそ言える言葉です。
そして別の台詞。

 

彼らを子どもあつかいするのをやめろ。実弾をこめた銃のことを説明するがいい。
いっさいをあかるみに出せ。
(中略)
今後いかなる秘密もない
...子どもたちに、何を知るのが最善であるかを教えることもない...
みんなを大人にならせるがいい。
もうそのときがきているのだ。

 

物事を知るべき人間、知るべきではない人間。
そんな区切りはもうやめよう。

 

知りたかった事と知るべきではなかったこと。
それらを経験したフォイルから人々への願いです。

 

知った後にどう行動するかを思考する。
それこそ人間のすることです。
その結果出した答えは、どんな内容でも、自分で出したものだからこそ価値があります。
その思考さえできない世界は酷く不公平で、人間をダメにします。

 

現代社会は情報にあふれており、「知る」ことはフォイルが考えているよりも簡単です。
しかしその分、他者の考えに簡単に触れることができるので自分で思考する機会は減っているかもしれません。

 

高度な答えを出す他人の考えに飛びつくのではなく、低度でも自分で考えて答えを出したい。
そんな思いを持つ自分は、フォイルの一方的なテレパスが心に刺さったのでした。

 

それでは、今回はここまで。