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ペルソナQ2 ニューシネマラビリンス 前半分

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去年(2018年)の11月に発売され、発売日に購入したが今ようやっとストーリーボス手前までたどり着いた。

 

この時点でプレイ時間は40時間を超えている。
久しぶりにがっつりRPGをプレイしている。

 

ストーリーもシステムも一通り味わうことができたので、今思っていることを感想前半分としてまとめて書いておこう。

 


RPGシリーズの融合
ペルソナQシリーズは、RPGシリーズペルソナとダンジョンRPGシリーズ世界樹の迷宮の要素を融合させた作品だ。

 

世界樹の迷宮」のダンジョンを攻略して地図を作製する特徴と、「ペルソナ」3以降のペルソナ育成を融合させている。

 

結果、かなり上手くまとまっているのではないかと思う。

 

世界樹の迷宮」ではダンジョンをひたすら攻略するだけであったが、今作はそれにペルソナのキャラクタたちの掛け合いが入ることで飽きることなく攻略できた。
(もちろん、ひたすらダンジョンを攻略することが魅力的では無いわけでは無い)

 

「ペルソナ」ではダンジョンは通りすぎるだけの障害であったが、 地図を描くことでそれは目的となりそれに伴ってペルソナの育成もできた。

 

作っている基が同じだけあって、メリットデメリットの配分が良く できていたと思う。
さすがにペルソナの名を冠しているだけあってペルソナ要素の方が強かったが。

 

しかし、ちゃんとF.O.Eを出してくれたりダンジョンの仕掛け が凝っていたりと世界樹ファンへのサービスも忘れられていなかった。

 

戦闘システムはオーソドックスなコマンドバトルであった。
アトラスらしくバフデバフが物を言うバランスではあったが。

 

しかし、ペルソナシリーズは3で挫折している身としてはこのペルソナ育成と戦闘がうまくできないのが歯がゆい。

 

戦闘を有利に進めるには、相手の弱点を突く必要があるのだがペル ソナを上手く育成していなければ弱点属性をつくことができない。


弱点属性持ちのキャラに入れ替えればいいのだが、レベルを上げるのが大変でそれもままならなかった。

 

キチンと計画し、必要なペルソナを育成しておく。
これが得意な人は本当に尊敬する。
(ポケモンも同じ理由で得意ではない)

 

それでも、難易度を一つ下げないとここまで来れなかったことは、 僕がゲームが下手だと主張する立派な理由になるだろう。

 


・全と個
ペルソナQ2は、ストーリーが思いのほか面白く、かなりのめり込んだ。


シナリオの内容はもちろん、演出も凝っており、リアルな表現のネガティブなシナリオではしかめっ面をしながら眺めていた。

 

内容は、個を持った存在は、絶対的な全に抗うことができるのかというものだ。

 

オリジナルキャラクタであるひかりは、過去に個性を発揮したこと で周りから疎まれ、圧倒的な全体意識に飲まれて心を閉ざしてしまった。

 

第4階層にてひかりの過去を見ることができるが、個性を出すな、 周りと合わせろ、絶対的な正しさを否定するなといった、現在社会で生きる我々にも通ずるものだった。

 

ひかりはそれでも個性を発揮した結果、いじめられ、心を閉ざし、 身内にかけられた言葉を歪んだ解釈をして壊れ、物語の舞台となる映画館に来てしまった。

 

そこ過去のトラウマをテーマにした映画館を見続け、自己否定と歪 んだ納得を繰り返していたのだが、ペルソナ主人公勢の活躍でトラウマ映画の内容を覆し、ひかりの考え方も変えて見せた。


自分を承認させたのである。

 

個性を発揮しても良い。正しさに抗っても良い。周りに合わせなくても良い。

 

自分が正しいと思うものこそが正しさなのだと。

 

しかしこれは、難しい問題である。

 

ひかりは結局、自分だけでは自分の問題を克服できなかった。
周りの人たちの助けがあってこそ、そこに自分を見出し、克服できた。

 

自分というものは、他人の中にこそ存在するとは、誰の言葉だったか。
しかしそれは確かに合っている。

 

つまり個性を発揮するには、自分ひとりだけでは限界があるのだ。

周りに理解してくれる人がいてこそ輝く。

 

個性を発揮したい人が、それを理解する人たちと集まったらどうなるか?


それは、最初に周りと合わせろと強制してきた全に近くなることにならないだろうか。

 

周りに合わせることこそが正しいと感じている人もいるはずである 。


しかし、そこに個性を発揮することが正しいとする全がいたらどうなるのか。

結局は、堂々巡りである。

 

このような、個性を発揮することは悪くないと主張するシナリオが 存在できるのは、結局それよりも強い全が存在するからである。


それを否定してしまっては、個は存在できない。

 

そこを無視し続けて、もっと自分を出しなよと促し続けるペルソナ勢に少し疑問を感じたところもあった。

 

ちなみに、ペルソナ勢のような個性を全肯定してくれる人なんてめったにいない。


どこまでもひかりを肯定して認めてくれるペルソナ勢は、リアリティに欠けていたとも思う。

 


後半分に続く